関谷の駐蹕碑

大正天皇が東宮(皇太子)時代の明治35年(1902)7月から即位後の大正2年(1913)9月までの間に塩原を行啓、行幸された際に計20回、当時の関谷小学校に立ち寄られたのを記念し、翌年の大正3年(1914)7月に校地に地元有志により建立された碑である。撰文は東宮侍講の三島毅(みしまつよし)、揮毫は東宮御学問所御用掛の日高秩父(ひだかちちぶ)、篆額は枢密院議長山縣有朋(やまがたありとも)である。
三島通庸(みしまみちつね)の新道開発(塩原新道)の結果、塩原を訪れる人とともに別邸を構える人が増え、三島通庸も塩原の地に別邸を建設した。この三島別邸が皇室に献上され、明治37年(1904)塩原御用邸となり、昭和21年(1946)に厚生省に移管されるまで、皇室の避暑地となった。
本石碑は塩原と皇室の関わり、三島通庸の道路政策の一端を窺うことができる資料として貴重である。
名称
関谷の駐蹕碑(せきやのちゅうひつひ)
指定年月日
平成30年(2018)2月27日
員数
1基
指定別
市指定
区分
有形文化財
種別
歴史資料
所在地
那須塩原市関谷384-3
所有者
那須塩原市
地図リンク
関谷の駐蹕碑への地図(那須塩原市地図情報配信サービスのサイト)(新しいウィンドウで開きます)(外部サイトへリンク)
より深く知りたい方へ(解読書の紹介)

関谷の駐蹕碑は漢文で記されているため、解読には漢文の知識が必要です。
このたび、足利工業大学で教鞭をとる市内在住の大沼美雄さん(大田原市文化財保護審議会長)が、解読したものを冊子にまとめました。
冊子には、漢文の解読の他、語句や当時の世相の解説、紀念碑建立寄付人名表(駐蹕碑の建立に協力した人の名前が記されている石碑)についても掲載されています。地元の方は、ご先祖様の名前を見つけることができるかもしれません。
この冊子(『「関谷小学駐蹕碑(せきやしょうがくちゅうひつひ)」碑文の読み方』)は、市内図書館で閲覧できるほか、収録された本(『那須文化研究第35号』)を借りることができます。
関谷と皇室のつながりをぜひご覧ください。
この記事に関するお問い合わせ先
教育部 生涯学習課
〒329-2792
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電話番号:0287-37-5364
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更新日:2022年03月31日