原街道絵図
正保(しょうほう)2〜3年(1645〜6)、会津藩は江戸へ米を運ぶための専用道として白河~氏家(さくら市)間に「原街道」を開いた。原街道は「原方道」などとも呼ばれたが、米の輸送が中心であったことから「米附街道」や「米積街道」とも呼ばれた。原街道には本陣や脇本陣などの宿泊所は設置されなかったが、各所に問屋(とんや)がおかれ、諸荷物の運送に携わった。
本絵図は、明治時代初期、旧来の運送制度を廃止し、「内国通運会社」制度が施行された際の、黒磯以南のルートを示したもので、当時の様子を知る大変貴重なものといえる。

名称
原街道絵図(はらかいどうえず)
指定年月日
昭和58年(1983)11月15日
員数
1点
指定別
市指定
区分
有形文化財
種別
古文書
所有者
個人所有
この記事に関するお問い合わせ先
教育部 生涯学習課 文化振興係
〒329-2792
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更新日:2021年11月30日